2013,Jan,12,23:22

今夜、すべてのバーで

二十歳前後の頃から通った馴染みの飲み屋が今月で店仕舞いをする。店主のFacebookの更新で知った。今年初めの気分消沈となった。
これからもしばらくはそこにあると勝手に思っていた、思い出深く大切なお店が、なくなる。

■■■

名古屋の繁華街、景気の良かった頃の賑わいの面影を通りの風景に残しつつも、週末の夜くらいにしか混雑することのなくなったその街の南半分の通り、その隅の隅の廃れ始めた雑居ビルにその店はある。型の古いままのエレベーターで3Fへ上がり、古い蛍光灯で明るく照らされた廊下、黒く重い扉を開くと、暗い部屋の中一枚板のカウンターと癖のあるお香の香りと低い声の店主が迎えてくれる。「いらっしゃい」よりも先に、入ってきたその客が誰かを確認するような一呼吸がある。

メニューはない。「何にする?」だけ。
古いロックがかかっていることもあればオリジナルジャズがかかっていることもある。小さなノートPCで洋画のDVDを再生していることもある。カウンターに他の客の姿は、4,5人いることもあれば、誰もいないことも。誰もいないことの方が多かったっけ。
細い身体なのに意外なほど低くずっしりと這うような店主の声は店内によく響き、落ち着いた物腰の会話と割りと豪快な笑い声を聴いていると不思議と落ち着く。店内は暗くその上酔いでもすれば顔もはっきりと見えないのだけど、それでも。

通い始めた頃のことを今でもよく覚えている。同じビル内の飲み屋でアルバイトをしていた縁で通うようになった。
あの頃俺はまだ学生で、幼くて、気取り屋だった。一人でバーに入ることを覚えて、初めはその重い扉を開けるのに躊躇もあったのだけど、それを乗り切ることで少し大人になった気分になって。
色んな他のお客さんとも会ったけど、20代前半なんて大概自分くらいなものだった。少しだけ大人な人たちに混じって、デニムパンツによれよれのTシャツやパーカーで酒を飲んでいた。
いつもグレンリベットを飲んだ。3度目には黙っていてもリベットを出して貰えるようになったのが嬉しかった。夏の労働のあとにはビールを一杯だけ飲むこともあった。「もうやめておいたら?」と言われるまで飲んだ日もあった。深夜のスタジオ練習の前でギターを担いで入ったこともあったな。
時には女の子も連れて行った。得意な顔でお酒を教えて気取っていたな。懐かしい。

■■■

そのお店にも、段々と自分の周りの色々な風向きが悪くなり始めたころから足が向かなくなっていった。
なんでかな。俺はあくまであそこでは格好付けていたかったのかな。そんな気がする。

■■■

昨年盆休みの帰省に久しぶりに行って、懐かしい再会ができた。
懐かしいカウンター席でリベットを啜りながら、すごく心地よい気持ちになることができた。「いつか人並みに胸張れるよう」と忍んだここ数年だったけど、なんだかここでようやく「胸を張って帰ってくる」みたいなことが一度達成できた気がした。そしてここは自分にとって帰る場所でもあり、俺はこれからもこうやって、たまにここでお酒を飲む。だって25歳だ、と思った。あの頃よりも俺は歳を重ね、あの頃よりも少しだけ高い服を着て、ようやくこの店での客として、なんというかかっちりとはまるところまできていて、こんなにも身体はこの店の空気に馴染む。こんなにもリラックスして酒を飲むことができる。ここは俺の場所だ。

年末の帰省でもやっぱり顔を出した。兵庫の大掃除を無理に早く切り上げてでも行く時間を作り、1軒目でビールを飲んでから店に入りモルトをしこたま飲んだ。
その日は割りと賑わっていて、その騒がしさに耳を傾けながらふわふわと酔っていたのだけど、終電の時間が近づくに連れ人がぽつぽつと減っていき、最後には自分一人になった。
一気に店内がしんとなる。「やっぱりここが落ち着くよ」とこぼす。「賑やかでも、静かでも」
店主は表情だけで笑いながら自分のグラスに白ワインを注ぎグラスをあげ、二人でささやかに乾杯をした。思い出話や近況報告なんかをしながら二人で静かに飲んだ。静かになると店主の飼い猫がおそるおそる奥から出てきて、物珍しそうにその様子を覗っていた。夜が深まり切ったころには店主も口調が鈍るくらいに酔っていた。

■■■

その年末の乾杯がそのお店で飲んだ最後のお酒となった。今月はもう帰省はできないだろう。
色々な酒を飲んだ。愚痴をこぼしながらナッツをかじった。色々な客とその場限りの色々な話をした。一番思い出深くて、一番好きなお店、帰る場所の一つがなくなる。かなしいな。

俺は酒を飲む。仕事のチームの打ち上げで駅前の居酒屋で生中を飲む。仕事が上手く運び珍しく早く帰れた日に冷蔵庫からプレミアムモルツの500mlを取り出して飲む。たまに帰れた地元で友人たちと芋焼酎の湯割りを飲む。たまの同僚の女の子とのデートで麦焼酎のロックを飲む。色々な想いを飲み下し、平坦な日々にしるしをつけるように。
そんな中の一つの大切な場所が消える。俺はそこを忘れられないだろうし、酒の味わいもまた増すのだろう。

written by DITA | 日記

| Top |

recent entries

archives

powerd by

teeter totter Ver.2.16

Yahoo! ジオシティーズ

i2i無料WEBパーツ