2014,Apr,20,21:31

東京

2013年秋、東京都での就職が決まった時、安堵の次に自分の中に沸き起こったのは、落胆にも似た感情だった。
なんとも形容し難い感情に、言うべき言葉が見つからなかった俺は、とりあえずといった感じでしばらくの間つぶやいていた。

あと数年早ければ。

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この5年間、俺が東京という街に対して重ねてきた思いは決して単純なものではなかった。
憧憬した時期があり、嫉妬を抱いた時期があり、憎しみを覚えたことさえあった。その存在は自身の居場所さえ好きに得ることのできない自分への槍となって、眠れない夜に胸を刺した。笑い声となって縁も何もない遠い街にこだわり苦しむ自分を嘲笑した。

ややあって、自身の心の扱い方をどうにか取り戻してきた頃、東京というその入れ物に色々を放り込み、その扱いに困った俺は、その異様な色をしたものに蓋をした。保留とすることにしたのだ。

その頃には俺は俺で新しい土地で、遠く東を思う事もそうそうないままに、新しい仕事を覚え、新しい人たちと出会い、自分の中でも様々なものを再構築していく時期に入っていた。思えばリハビリみたいなスタートだった。その割に、この2年間で築き育ててきたものは、胸の張れるものだったように思う。心に重く枷がついたような感覚も、気付けばかなり軽くなっていた。

部屋の隅には蓋のされたその入れ物はずっとあったのだけど。

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話は秋に戻る。その頃から、徐々にまたその入れ物の蓋を開け、中を覗きこんでいる。
初めは、落胆にも似た、というか、ばつの悪さのような感覚だった。子供の頃、さんざん喚き散らして欲しがったものが、その熱がさめ互いに疲れきったころに諦めたように与えられたときのような、そんな居心地の悪さのようなものだった。その今更に与えられたものを、改めて覗きこむ。
以前のような暗く先の見えないものではないにせよ、時間の経過による変化もあるように見える。秋からこの春にかけての半年間はそんなものとの付き合い方を探るような日々だった。

これがもし3年ほど前の自分であったら、また俺はその扱いに困り、混乱し、喚き散らしていたかもしれない。場合によっては突き返していたかもしれない。どうだろう。

翻って今の自分はというと、手放しに喜ぶでもないにせよ気持ちは晴れやかだ。
別れは寂しくはあれど、ただ春を待てばいいというのはそれだけで素晴らしい体験だった。この感覚を何年間待ちわびたことか!
この大きな街の所々に色々な想いや辛い思い出なんかもあれど、描いた将来像ではあったじゃないか。欲しかった生活じゃないか。
知らない街に新しく住むのはそれだけで楽しいことだ。兵庫に越した一年目のようにまたしばらくは旅行気分でいられる。
自分にとって大切な人たちもこの街に住んでいる。それに過ぎたことはもう終わったことだ。俺は今あの頃とは違う文脈、もっと先の位置にいるんだ。
何よりも、春の暖かさに自分の気持ちは高鳴っているじゃないか。

これもこの数年で培った自身の心との付き合い方だ。
問題が複雑ならバラせばいい。式が未知の形なら微分でもしてみればいい。濁っているのなら遠心分離器にでもかければいい。
世界も自分も、割りと単純だ。

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改めて、この数年間を振り返って思う。やっぱり、得たものよりも失ったものが大きすぎるようには思える。
それでもその代わりに得たものは、大きくはないかもしれないけれど、自分にとってかけがえのないものであることは確かだ。
それらに出会うためのあの頃だった、というような気も少しだけ。

忘れないようにしたい。どうあったって過去は忘れられていくし、過ぎたこととはいえ時間が経つに連れて未来と同様に不確かになっていくけれど。
あの時に舐めた辛酸や戻しそうになる苦味、震災の日の悔しさ、気が狂いそうなくらいに人を想った時間、売りや買いもした恨み妬みも、そういったものがまた始まったこの生活を暖めてくれている。これからまた続く生活にも不安だってあるけれど、立ち向かっていく力にもなっている。だから俺はこの数年間の体験を大切にしたいと思う。

written by DITA | 日記

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