2015,Jan,12,20:20

28歳に寄せて

色々と忙しかった年末年始を越えて、新しい歳になって、久しぶりに時間がとれて長々と書いたものを更新するところでエラーで消えたので書きたかったことだけ簡潔に残しておく。


●昔を忘れないようにしたい
前にも似たようなことを書いているけど、やっぱり今の自分を支えているのは2010年前後の苦しかった生活やそのときに感じたことなので、そのときの思いを大切にしたい。
目を閉じれば今でもあの頃のことは浮かぶ。煙草の灰で汚れた部屋の匂いや名古屋の街の空気感。もらった励ましの言葉や震災の日の悔しさも。

どれだけ起きたくない朝でも、あの数年を思うと生きる気力は沸く

●焦らないようにしたい
周りを見れば(これは今にはじまったことではないのだけど)それぞれに新しいライフステージに人生を進めている。そういった事実も以前は自分の心をかき乱したりもしたけれど、今はもうそうでもない。時間をかけてゆっくりと受け入れることができるようになったみたい。
人にはそれぞれ生きるスピードってもんがある。俺には俺の生き方があるし、それは他人にとやかく言われることじゃないし、言いたいのなら言わせておけばいい。ただただ、あの頃から日を数えて、どれだけ成長できたかだけを考えたい。

●今後に備えておきたい
当たり前のことだけど今後どうなるかはわからない。それは自分自身の人生のこともあるし、仕事や家族のことも全て。
この一年、半年間の中だけでも、自分の周囲で少しずつ変化がある。それが今後どういう風に転ぶのかはわからないのだけど、そのときにどこまでやれるかは、結局のところそれまでに自分が何をしてきたかで決まる。
前述の経験も踏まえて、またただの感じやすい子供ではなくなった今の自分で、その時その時にやれることを考えて日々を過ごしたい。

●気負わないようにしたい
心にワークロードをかけ過ぎるのはよくない。先のことはわからないのだから過剰な不安や心配はいらない。現実は変え難いのだから過剰な後悔や自責の念はいらない。まだ起きていないことはまだ起こっていないのだし、起きてしまったことはもう起きてしまったことだ。ただ粛々とやっていくだけだ。

written by DITA | 日記

2014,Apr,20,21:31

東京

2013年秋、東京都での就職が決まった時、安堵の次に自分の中に沸き起こったのは、落胆にも似た感情だった。
なんとも形容し難い感情に、言うべき言葉が見つからなかった俺は、とりあえずといった感じでしばらくの間つぶやいていた。

あと数年早ければ。

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この5年間、俺が東京という街に対して重ねてきた思いは決して単純なものではなかった。
憧憬した時期があり、嫉妬を抱いた時期があり、憎しみを覚えたことさえあった。その存在は自身の居場所さえ好きに得ることのできない自分への槍となって、眠れない夜に胸を刺した。笑い声となって縁も何もない遠い街にこだわり苦しむ自分を嘲笑した。

ややあって、自身の心の扱い方をどうにか取り戻してきた頃、東京というその入れ物に色々を放り込み、その扱いに困った俺は、その異様な色をしたものに蓋をした。保留とすることにしたのだ。

その頃には俺は俺で新しい土地で、遠く東を思う事もそうそうないままに、新しい仕事を覚え、新しい人たちと出会い、自分の中でも様々なものを再構築していく時期に入っていた。思えばリハビリみたいなスタートだった。その割に、この2年間で築き育ててきたものは、胸の張れるものだったように思う。心に重く枷がついたような感覚も、気付けばかなり軽くなっていた。

部屋の隅には蓋のされたその入れ物はずっとあったのだけど。

■■■

話は秋に戻る。その頃から、徐々にまたその入れ物の蓋を開け、中を覗きこんでいる。
初めは、落胆にも似た、というか、ばつの悪さのような感覚だった。子供の頃、さんざん喚き散らして欲しがったものが、その熱がさめ互いに疲れきったころに諦めたように与えられたときのような、そんな居心地の悪さのようなものだった。その今更に与えられたものを、改めて覗きこむ。
以前のような暗く先の見えないものではないにせよ、時間の経過による変化もあるように見える。秋からこの春にかけての半年間はそんなものとの付き合い方を探るような日々だった。

これがもし3年ほど前の自分であったら、また俺はその扱いに困り、混乱し、喚き散らしていたかもしれない。場合によっては突き返していたかもしれない。どうだろう。

翻って今の自分はというと、手放しに喜ぶでもないにせよ気持ちは晴れやかだ。
別れは寂しくはあれど、ただ春を待てばいいというのはそれだけで素晴らしい体験だった。この感覚を何年間待ちわびたことか!
この大きな街の所々に色々な想いや辛い思い出なんかもあれど、描いた将来像ではあったじゃないか。欲しかった生活じゃないか。
知らない街に新しく住むのはそれだけで楽しいことだ。兵庫に越した一年目のようにまたしばらくは旅行気分でいられる。
自分にとって大切な人たちもこの街に住んでいる。それに過ぎたことはもう終わったことだ。俺は今あの頃とは違う文脈、もっと先の位置にいるんだ。
何よりも、春の暖かさに自分の気持ちは高鳴っているじゃないか。

これもこの数年で培った自身の心との付き合い方だ。
問題が複雑ならバラせばいい。式が未知の形なら微分でもしてみればいい。濁っているのなら遠心分離器にでもかければいい。
世界も自分も、割りと単純だ。

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改めて、この数年間を振り返って思う。やっぱり、得たものよりも失ったものが大きすぎるようには思える。
それでもその代わりに得たものは、大きくはないかもしれないけれど、自分にとってかけがえのないものであることは確かだ。
それらに出会うためのあの頃だった、というような気も少しだけ。

忘れないようにしたい。どうあったって過去は忘れられていくし、過ぎたこととはいえ時間が経つに連れて未来と同様に不確かになっていくけれど。
あの時に舐めた辛酸や戻しそうになる苦味、震災の日の悔しさ、気が狂いそうなくらいに人を想った時間、売りや買いもした恨み妬みも、そういったものがまた始まったこの生活を暖めてくれている。これからまた続く生活にも不安だってあるけれど、立ち向かっていく力にもなっている。だから俺はこの数年間の体験を大切にしたいと思う。

written by DITA | 日記

2013,Jan,12,23:22

今夜、すべてのバーで

二十歳前後の頃から通った馴染みの飲み屋が今月で店仕舞いをする。店主のFacebookの更新で知った。今年初めの気分消沈となった。
これからもしばらくはそこにあると勝手に思っていた、思い出深く大切なお店が、なくなる。

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名古屋の繁華街、景気の良かった頃の賑わいの面影を通りの風景に残しつつも、週末の夜くらいにしか混雑することのなくなったその街の南半分の通り、その隅の隅の廃れ始めた雑居ビルにその店はある。型の古いままのエレベーターで3Fへ上がり、古い蛍光灯で明るく照らされた廊下、黒く重い扉を開くと、暗い部屋の中一枚板のカウンターと癖のあるお香の香りと低い声の店主が迎えてくれる。「いらっしゃい」よりも先に、入ってきたその客が誰かを確認するような一呼吸がある。

メニューはない。「何にする?」だけ。
古いロックがかかっていることもあればオリジナルジャズがかかっていることもある。小さなノートPCで洋画のDVDを再生していることもある。カウンターに他の客の姿は、4,5人いることもあれば、誰もいないことも。誰もいないことの方が多かったっけ。
細い身体なのに意外なほど低くずっしりと這うような店主の声は店内によく響き、落ち着いた物腰の会話と割りと豪快な笑い声を聴いていると不思議と落ち着く。店内は暗くその上酔いでもすれば顔もはっきりと見えないのだけど、それでも。

通い始めた頃のことを今でもよく覚えている。同じビル内の飲み屋でアルバイトをしていた縁で通うようになった。
あの頃俺はまだ学生で、幼くて、気取り屋だった。一人でバーに入ることを覚えて、初めはその重い扉を開けるのに躊躇もあったのだけど、それを乗り切ることで少し大人になった気分になって。
色んな他のお客さんとも会ったけど、20代前半なんて大概自分くらいなものだった。少しだけ大人な人たちに混じって、デニムパンツによれよれのTシャツやパーカーで酒を飲んでいた。
いつもグレンリベットを飲んだ。3度目には黙っていてもリベットを出して貰えるようになったのが嬉しかった。夏の労働のあとにはビールを一杯だけ飲むこともあった。「もうやめておいたら?」と言われるまで飲んだ日もあった。深夜のスタジオ練習の前でギターを担いで入ったこともあったな。
時には女の子も連れて行った。得意な顔でお酒を教えて気取っていたな。懐かしい。

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そのお店にも、段々と自分の周りの色々な風向きが悪くなり始めたころから足が向かなくなっていった。
なんでかな。俺はあくまであそこでは格好付けていたかったのかな。そんな気がする。

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昨年盆休みの帰省に久しぶりに行って、懐かしい再会ができた。
懐かしいカウンター席でリベットを啜りながら、すごく心地よい気持ちになることができた。「いつか人並みに胸張れるよう」と忍んだここ数年だったけど、なんだかここでようやく「胸を張って帰ってくる」みたいなことが一度達成できた気がした。そしてここは自分にとって帰る場所でもあり、俺はこれからもこうやって、たまにここでお酒を飲む。だって25歳だ、と思った。あの頃よりも俺は歳を重ね、あの頃よりも少しだけ高い服を着て、ようやくこの店での客として、なんというかかっちりとはまるところまできていて、こんなにも身体はこの店の空気に馴染む。こんなにもリラックスして酒を飲むことができる。ここは俺の場所だ。

年末の帰省でもやっぱり顔を出した。兵庫の大掃除を無理に早く切り上げてでも行く時間を作り、1軒目でビールを飲んでから店に入りモルトをしこたま飲んだ。
その日は割りと賑わっていて、その騒がしさに耳を傾けながらふわふわと酔っていたのだけど、終電の時間が近づくに連れ人がぽつぽつと減っていき、最後には自分一人になった。
一気に店内がしんとなる。「やっぱりここが落ち着くよ」とこぼす。「賑やかでも、静かでも」
店主は表情だけで笑いながら自分のグラスに白ワインを注ぎグラスをあげ、二人でささやかに乾杯をした。思い出話や近況報告なんかをしながら二人で静かに飲んだ。静かになると店主の飼い猫がおそるおそる奥から出てきて、物珍しそうにその様子を覗っていた。夜が深まり切ったころには店主も口調が鈍るくらいに酔っていた。

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その年末の乾杯がそのお店で飲んだ最後のお酒となった。今月はもう帰省はできないだろう。
色々な酒を飲んだ。愚痴をこぼしながらナッツをかじった。色々な客とその場限りの色々な話をした。一番思い出深くて、一番好きなお店、帰る場所の一つがなくなる。かなしいな。

俺は酒を飲む。仕事のチームの打ち上げで駅前の居酒屋で生中を飲む。仕事が上手く運び珍しく早く帰れた日に冷蔵庫からプレミアムモルツの500mlを取り出して飲む。たまに帰れた地元で友人たちと芋焼酎の湯割りを飲む。たまの同僚の女の子とのデートで麦焼酎のロックを飲む。色々な想いを飲み下し、平坦な日々にしるしをつけるように。
そんな中の一つの大切な場所が消える。俺はそこを忘れられないだろうし、酒の味わいもまた増すのだろう。

written by DITA | 日記

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