2012,Oct,20,21:35

ワンダーフォーゲル

夏季休暇での帰省初日、昔よく通ったお店に行ってきた。2,3年ぶりに重い扉を開けるのは少し緊張もしたけど、客のいないカウンター端に座り、懐かしいお香の匂いを吸い込んで、久しぶりと声をかけると、あまり様子の変わらなさそうな店主は「元気そうだね」と迎え入れてくれた。懐かしい低い声を聴くと一瞬で昔に戻ったみたい。ちょっと安心した。

「最近どうしてたの」と、色々なことを話した。やっとの思いで大学を卒業したこと、近畿で働いていること、煙草をやめたこと、悪くない社会人生活であること。
初めて来たのは確か20くらいのときだねと、あっという間だねと他愛のない話をしながら、昔もよく飲んだシングルモルトの瓶を空けた。酔った頭で店を出て、エレベーターを降りて外に出たときの、鼻の奥に残るお香の匂いが懐かしくて、また昔を思い出して胸が苦しくなった。

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そのお店にも近寄らなくなった間の事、話した色々を文字に起こしてみようかとも思ったのだけど、やっぱりまだまだ辛くて書けないことがたくさんで、まぁまだ自分の中でも熱を持った話題なんだなと再認識しました。

率直に言えばあなたの中での自分ほどに俺のなかでは過去の話ではないのです。

人の成長、特にエリクソンの発達段階を踏む発育の速度には個人差があるのは明らかであり中でも自分は周りよりも成長が遅くいつも周囲に比べ子供だったと気付いたのはすでに24ほどになった頃の事だった。その事にようやく気が付いてしばらく、過去の自分の過ち色々にかかった靄が晴れぱっと視界が開けた。思えば18の秋の夜名古屋駅で「あなたは本当に自分のことしか考えていない」と言われた頃から俺は何一つ成長していなかったんだ。

俺はずっと子供で、あの子やあいつのように遠くまで行けるような人間じゃないという事実、あまりに阿呆で他者の心を考えることをせず現実逃避をしていた後悔、電話口でしか聞けなかった泣き声、もうどう立てなおして良いのかもわからない人生になってしまった失敗、短い間でのそんなこんなが、コンプレックスだらけの培養地の上に十代を通したささやかな成功体験で支えられた張りぼての自信を根こそぎぶっこ抜いて行ってしまい、しばらくの間はそのことが自分をどうしようもない人間にしてしまっていた。

どうしようもない人間になってしまった俺はしばらくはそれでも自分が遠く想うことだけでも彼女にとってあるいは生きる糧になりうるのかもしれないと傲慢なことすら考えもした。しばらくはそれが逆説的に俺の生活の糧となっていた。そんな柱もくったくたになった肉体労働の帰りの地下鉄、サーバから自作プログラムで送信されたメールであっけなくへし折れたのだけど。とにかくそんな時期があって、なにかの小説にあった「短い間に待つということに集中し過ぎてしまうともうそれが自然な状態になってしまう」というのを身をもって体感した。俺はずっとこれで終わるはずないと思っていた。現実が受け入れられなかった。俺があちらへ行けばあるいはとずっと思いながら生活していて、それが普通となってしまっていた。

そんな生活からなんとか立ち直ったりもして2年ほどが経った今、いつかに書いた思いはやはり変わっておらずあなたは自分の中で奇跡的な位置を占めており、なんというかもう仕方がないというかそんな感じになっています。

きっとあなたは今も変わらず素晴らしくて計り知れないのでしょう。その哲学その感受性どれもきっと俺には手の届かないもので、したがって今この現実はあるべくしてこうなっているのでしょう。だって俺がどれだけ想ったところでどうしようもないのだしだから今はあなたが生きているそれだけでよくて、それでいてたまにでも自分を思い出してくれるのならこの上ないことのように思います。ピースの足りなくなったジグソーパズルを前に「失くしたものは仕方がない」と毎日自分に言い聞かせながらそれを壁に飾って生活しているみたいな感じです。

ただ、今ここで一人で生活している自分には自分なりの自尊心や思い描くもの、感じ受ける度量があって、そんな今の自分には一緒に過ごしたあの時よりもそれより後塞ぎこんで絶望感に押しつぶされていたこの2年ほどの経験が強いバックボーンとしてあって、なんとか這い上がってささやかな生活と仕事を守れている今の自分で、あなたに会いたいと少しだけ思ったりもします。

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盆休みから仕事に戻り夏休み最後の休日。駅前の安い居酒屋で同僚3人で飲んだ。「学生の頃より夏休み終わってほしくないね」と笑いながら。

明日片道1万かけて別れ話しに行くんですよねと神戸の彼女は笑って言う。しに行くんじゃなくてされに行くんだよと俺は訂正する。でも良いじゃないですか私婚約まで進んでたから慰謝料80万ですよと明石の彼女はグラス片手に笑う。

やはりそういう話題が好きな年下の同僚2人と話しながら、あの子といたときのような穏やかで静かでじんわりと幸せで、丸裸にされて死にたくなるような恋が自分にもまだできるのだろうかと、少し考えたりもする。

でも私全く後悔してないですと明石の彼女は強い目で言う。素晴らしい、と俺は手を叩いて笑う。

それぞれで色々な経緯がありここへ来て、こうして一緒にビールを飲んで「色んな人がいるね」と頷く。上々じゃないか今の生活もと俺は心の中で自分に言う。

次の恋愛ではちゃんと結婚したい
もうやめようよーそういうの
はっはっは

written by DITA | 日記

2012,Jul,16,20:19

風待ち

四季の中では冬が好きで、だけれど新しい土地で迎える夏はいつもより少し楽しみで、そんな夏。ここ最近は日に日に気温が上がり空気がずっしりと重くなっていくのが楽しみだったりした。

新しく買った小さなサーキュレータとアイスコーヒーで今日もなんとかしのいでたのだけど、Twitterのタイムラインを眺めていると外は快晴の真夏日となっているらしい。なんだか我慢ができなくなって、シャワーだけ浴びて本を持って外へ出た。とりあえずの目的地は最近海沿いにオープンしたばかりのスターバックス。海の日だし。

電車で隣町まで行くとJRが海沿いを走り、海開きしたばかりの砂浜近くの駅で降りる。

押しつぶされそうなくらい空が青い。

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しばらく歩くとそれだけで汗だくになるくらいに今日は暑くて、すぐに羽織っていたシャツを脱いだ。こんなところで服装なんて気にしたところで知り合いに合うわけもないし、華奢な身体でインナーのタンクトップ一枚になるのにも躊躇ない。この気楽さがいい。

海沿いの道に続く路地裏に入るといよいよ自分はここではストレンジャーで、なんだか一人旅でもしてるみたいだなと、そんなことを思う。

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効きすぎた暖房で目が乾く車での帰り道。
「どうしてそんなに遠くに行きたいの?」と聞かれ、これまで何度も自問したその問いに改めて答えを考えてみた冬の夜。

旅みたいなもんだよ。一回きりの人生だし、長い連休があったらせっかくだから旅にでも行きたいって思うでしょう?そんな感じだよ。

思いつきにしてはそれらしい回答をひねり出すことができて、俺は満足してダウンジャケットの襟に顔を沈めた。

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海沿い、きらきら光る青く広い海、ゆっくりと行き交う船舶、強烈な陽射し。2012年の夏はとりあえず良好な様相。
やっぱり悩みは尽きないし仕事だって簡単じゃない。諦め切れない思いや消化不良の蟠り、未だにちくりとくる痛み、思い起こせば切りがない。
車窓からの風景を眺めながら少し前の事でも思い返せばそれだけでセンチメンタルになったりもするけれど。

汗をかくことすら気持ちよく、今のところ俺の旅は順調です。

written by DITA | 日記

2012,Apr,28,22:50

回送

年明けにやらかした右肘の擦過傷が急に暴れだし、全身に広がってしまった急性のアレルギー皮膚炎に悩まされたこの春。4月に入ったというのに拠り所もなくどうするかなぁと考え倦ねいていたところへカジュアルに電話がかかってきた事から、どたばたの転居が始まった。文字通り忙殺された4月だった。
新しい仕事への感慨を感じている暇もないほど新生活の構築は現実的で、新しい生活への不安を感じている暇もないほど職場の人たちは温厚で優しくて、あっという間に4月も終わってしまった。頭よりも身体が忙しい感覚が割りと良かったようにも思える。

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電話かかってきてよかった。豊田の山奥、バスが一時間に一本の僻地へ就職の段取りの話をしにいった日の帰りのことだ。本当によかった。

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思えば2009年、2008年、いやもっと前からか。迷走しまくる人生の端っこを掴んだまま振り回されながら、転がって転がって転がり続けた。自分なりには「これが本物だ」と思えるものだけを探し続けるよう務めたつもりだった。これは自己評価だ。

「人生はまっすぐな一方通行じゃない。ぐるぐると回りながら円を描きながら前進していくものだ。」
これまでの人生で出会った中の2人がこんなような事を言っていた。今なら少しわかる気もする。
停まった時期もあった。怠けたときだってあった。落ち込んだときも大きく後退したときもあった。無害なポップソングが吐気がするほど嫌いになって一日中憂鬱なロックを聴いたときもあったな。
もう無理だと何度も思い、その度「これだけ苦しんだその先が見たい」という一心で生き続けてきた。

色々なものを失くして、残ったものは何なのかまだよくわからない。だけど、割りと健やかな気分で生活できて、BUMP OF CHICKEN とかそういう音楽も素直に楽しめるような今でも、夕陽の射す電車に乗れば、くたくたの身体で乗った近鉄特急で聴いた Syrup16g の「回送」を思い出すし、忘れないだろうなと思う。これまでの二十余年間の中でもそういう日々は少し毛色の違うものに思えるし、それらが宝物になればと思う。

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そんなこんながあり、どんな縁あってか、俺は今「数回来たことがある」とか「こういう所に住むのもちょっといいなぁと感じたことはある」とかその程度だったこの町に住んでいる。そして結局のところ、俺はこの職に就いた。
毎日徒歩での出勤で、交通量の多いバイパスの上を通る歩道橋を渡っている。車が高速で行き交うそのバイパスの上、日の昇ったばかりの東を向けば生まれ育った街まで続く道路がまっすぐと伸びている。ごうごうという車の走る音を足元から聴きながら太陽へ伸びる道路を眺めていると、少し背筋が伸びるような心持ちになる。
遊歩道と芝生のある綺麗な公園があり、そこには地域の図書館とささやかなプラネタリウムのドーム状の建物がある。朝日に照らされるその建物を横目に通り抜けると、職場が見える。

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続きを進む恐怖の途中 続きがくれる勇気にも出会う
無くした後に残された 愛しい空っぽを抱きしめて
消えない悲しみがあるなら 生き続ける意味だってあるだろう
どうせいつか終わる旅を 僕と一緒に歌おう

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俺は少しずつこの町を好きになりつつある。

written by DITA | 日記

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