2009,Nov,9,18:44

Cool and Tough

レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」
(The Long Good bye / Raymond Chandler)

ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)

私立探偵フィリップ・マーロウは、偶然知り合ったテリー・レノックスにどこか惹かれるものを感じ、酒場で杯を傾けるようになる。しかしある日、レノックスは資産家の娘である妻殺しの容疑をかけられ、マーロウに助けられて逃れたメキシコの町で自殺を遂げてしまう。やがて、別の事件でレノックスの隣人達と関わるようになったマーロウは、事件の意外な真相にたどり着く。

「ギムレットには早すぎる」で有名な名作。本日読了。
ということで久しぶりの読書感想文。

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

普段、推理モノは殆ど読まないのですが、タフで格好良い私立探偵が主人公という話を耳に入れ、ハードボイルド好きな私としては一度読んでおいて損はないかというくらいの気持ちで手にとってみました。
ところが読み始めてほどなく、これがミステリという枠内に納まりきらない良作であることに気づく。

物語は一貫して、主人公マーロウの視点で進行していきます。
その主人公マーロウがもうとにかく格好良いんだ。

ハードボイルドというのは総じて、主人公の心理描写ややわな部分の露呈の少ないもの。
けれど別にチャンドラーがそういうスタイルを確立したからすごい、という話じゃない。チャンドラーより以前にだって、ヘミングウェイが自我を極端に排除し、戦地で苦言をもらさず戦う主人公を描いた名作を残してる。まぁヘミングウェイはハードボイルドというよりも時代小説とでも言った方が近しいけれど。

この小説はそんなこともなく、主人公が不安にかられるようなシーンやその心理描写もあるれば、拳銃の柄で顔面を殴られ血を流すようなシーンでは「痛い」という表現も比較的(そういう類いの記述が少ないものに比べてという意だけれど)多くある。主人公はしっかりと「自我」を抱えた状態で生き生きと写る。


けれどそれでいて主人公マーロウが冷静さを欠かず、シニカルで格好良く写るのはなぜだろうか。

マーロウは語るべきシーンでは雄弁に語るし、女も口説く。腹を立てた時には怒鳴るし二日酔いに苦しんだりもする。
ただその彼の自我の動き一つ一つが、先ず正直で、正確で、強い現実味を持っている。これはもうチャンドラーの作家としての能力だと思う。それゆえに、物語の中のシーンそれぞれが現実的な硬さを伴って頭に浮かぶ。
さらに物語の語り部であるマーロウは、その自分の自我を受け入れて(時には諦めて)いる。自我というものは確かに存在する。しかしそれを覗き込んでああだこうだと考えこねくり回す様なことはしない。ただそれを受け入れて、その上で思考・行動する。自身の対峙する事象と抱える自我をつき合わせて、その上に生じる相関関係の中で生きる。

この、強力な現実味を持った世界観と、主人公(=語り手)のこのような姿勢(スタンス)が相まって、主人公マーロウがクールで打たれ強い、格好良い私立探偵として写る。


これぞハードボイルド小説の王道という感じ。

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

本の読み方の一つとして、教訓を探すポジティブな読み方がある。そして多くの人がそういう読み方をする。
私がこの作品から教訓のようなものを得るとすれば、それは「自我や現実に起きていることをそのまま受け入れるタフさの重要性」とでも言えようか。
こんなタフな人間になれたらと思う。本当に。

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

また文章がいちいち気障で、思わず引用したくなるようなセンテンスもたくさんあります。これもクールで多少偏屈な主人公の登場する小説によくあることだけれど。

「しかし誰かに助けを求めるのは簡単なことじゃない―とくになにもかもが自分のせいだというような場合には」

「アルコールは恋に似ている」と彼は言った。「最初のキスは魔法のようだ。二度目で心を通わせる。そして三度目は決まりごとになる。あとはただ相手の服を脱がせるだけだ」
「どこがいけない?」と私は尋ねてみた。
「興奮を求めるのならそれでいい。しかし感情としては不純だ。つまり美的見地から言って不純ということさ。セックスを軽んじているわけじゃない。なくちゃならんものだし、常に醜いというわけでもない。でも四六時中の細かい気配りが要求される。セックスを輝かしく保つのには何億ドル規模の大事業になるし、すべてにくまなくコストがかかる」

「あのドアから入ってきたときの君の顔ったらなかったぜ」とオールズは言った。 
「メンディーがナイフを持ち出したときのそちらの顔の方が麗しかった」

「私のことを心から愛してくれる?それともあなたとベッドを共にしたら、心から愛してもらえるのかしら?」 
「おそらく」 
「私とベッドに行く必要はないのよ。無理に迫っているわけじゃないんだから」
「ありがたいことだ」
「シャンパンが飲みたいわ」
「君にはどれくらい財産がある?」
「全部で?どれくらいかしら。たぶん八百万ドル前後ね」
「君とベッドに行くことにした」
「金のためなら何でもやる」と彼女は言った。
「シャンパンは自腹を切ったぜ」
「シャンパンくらい何よ」と彼女は言った。

「私がどんな人間か、少しずつ君に見せていこう」と私は言った。「また二人で一緒に飲もう」 
「今夜みたいに?」 
「今夜は二度と戻らない」

 フランス人はこのような場にふさわしいひとことを持っている。フランス人というのはいかなるときも場にふさわしいひとことを持っており、どれもがうまくつぼにはまる。
 さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ。

枚挙に暇がないとはこのこと。やめとこう。

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

つらつらと書いたけれどもちろんミステリとしての魅力もつまった一冊です。推理小説という単一の窓から眺めても優れた本だと思う。有名な「ギムレットには早すぎる」という台詞が出てきたシーンでは興奮のあまり目が潤んだ。

長めの長編小説という枠組み全体に散りばめられたプロット・複雑な伏線。個性豊かな登場人物と驚きの真相。ネタバレになってしまうのでストーリーに関しては書かないけれど。

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

巻末の訳者あとがきに、チャンドラーの文章は独特で原文で読めばその魅力を知ることができるとありました。

ペーパーバック買っちゃおうかなぁ。
けど自分にそんな理解ができる程の英語力があるのかってとこが疑問。

英語の本は村上春樹の「風の歌を聴け」と「羊をめぐる冒険」の英訳、「Hear the Wind Sing」と「A Wild Sheep Chase」の二冊と、フィッツジェラルドの「The Great Gatsby」のペーパーバックを読んだことがあります。
どれも一度日本語訳を読んだ後だったのですが、それでも電子辞書を机の上に置き長い時間をかけてなんとか読んだような感じ。


こういう時本当に英語力あったらなって思う。高校の頃は得意科目だったんだけどな。


どうしようかなー。迷うなー。




 

written by DITA| 読書感想文

comments

post comment




save? yesno


| Top |

Copyright © 2007-2009 無謀な夜更かし All Rights Reserved. / Produced by DITA